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近鉄大阪線の榛原駅で下車して墨坂神社まで徒歩で行ける。
現在は宇陀川の対岸に鎮座しているが『榛原町史』では、墨坂神社が延喜式の神名帳に記載がないにもかかわらず、781年には成立している。又、古事記伝は墨坂神と宇陀水分神社との同一性を主張」とあり、現在の宇陀川対岸にある墨坂神社は、元来の墨坂神社の社地ではなく、以前は西峠の古い坂道を墨坂であると古老は伝え、天の森から天の野に遷座したと書いてあった。
翌檜さん!今度は西峠へ向かわなければ!やはりもっと高い所、坂を登らねば!
でも長年の課題、神武東遷神話で再度、宇陀へ訪問されるなら伊那佐村高塚八咫鳥にある「八咫鳥神社」は道路に面して石鳥居見えましたよね。
この神社の成立は続日本紀に705年とあり、『記紀』編纂より前ですね。
宇陀地方に先祖を鳥とするような伝承があったのでしょうか?
『新撰姓氏録』では八咫鳥は建津之身命の化身であり、かつ山城鴨主殿県主部の祖先であると。
文献の研究は苦手ですが、私が注目したいのは「宇陀の地」と「山城の地」、「桜井茶臼山古墳」と「椿井大塚古墳」との関連。
何はともあれ、宇陀の地からヤマト政権成立初期の中心地が磯城・磐余の地に進出したという記載の意味と古墳の存在が結びつくのだろうか?
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