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桜井茶臼山古墳に拘る

 投稿者:トミー  投稿日:2009年11月 3日(火)10時57分48秒
  通報 編集済
  翌檜  さん 玉枕さん プレアデスさん いろいろご案内と解説をありがたく拝聴しています。

素人ながら、古代史はこだわると面白く次々と連想を愉しむことができます。参考に供して更なる展開を期待します。

>(翌檜  さん)
天井石、3枚の産地が判明していたがその内1枚が淡路島近傍の沼島産(奈良新聞より)、もう一枚は古墳近傍の石、残る一枚は不明(カメラで撮ってあるが文字が読めない)全部をご報告できずまことにすみません

桜井茶臼山の天井石は、南淡路市沼島の点紋片岩。柏原市芝山の安山岩。羽曳野市春日山の安山岩です。

>(玉枕さん)墨坂神社の境内に到着。背後へ回る。社殿の後ろに石碑があり、ここは池であったことが書かれていた。
土手まで行くとわずかに水が流れており、その流れもまた、宇陀川に注ぎ込んでいた

宇陀川は名張で名張川と合流して、更に木津川と合流しますね。


墨坂神社は、南へ行くと曽爾御杖から、太郎生へ通じています。
北は大和高原への香酔峠へ。
東へ川沿いに行くと名張に行けます。
西へ行くと、宇陀の北をかすめて桜井へ。
桜井へ下る峠が女寄峠です。
墨坂神社は東西南北の道路の交差点に建っています。

桜井茶臼山古墳は165号線の脇にあり、それを東に進むと名張です。さらに東に進むと青山高原ー一志ー雲出川ー津と松阪の間の伊勢湾へ。伊勢に通ずる街道でしょうか。4世紀には通じていた。一志のアザカの里は雲出川流域で東海式土器のS字甕の発祥地。名張から北に進む道は伊賀に達する。伊賀から東へ向かえば柘植ー亀山ー鈴鹿ー桑名の道。柘植から北に進めば近江の草津・守山へ。旧東海道は京都ー草津ー柘植ー桑名のルートでしょう。名張で宇陀川が名張川に合流して北流し月ヶ瀬にいたる、青山高原に発する木津川とその辺りで合流するのでしょう。そこから西に流れ山背に至りやがて京都の南(京都駅より南10km久御山町)の淀ー八幡ー宇治あたりにあった大きな巨椋池へ、淀川と宇治川と木津川が流れ込んでいた。今は高速道路が集まる。

名張の蔵持黒田遺跡に手焙り土器が32個も出土するのは、古代においても交通の要衝の地かと推察しています。

>(プレアデスさん)加飾二重口縁壺の発生地は、大阪湾沿岸地域。桜井茶臼山古墳の墳丘上の壺形祭祀に至る経過をたどることができます。河内湖の周辺部に当たる八尾市の加美遺跡(一部大阪市)や久宝寺遺跡のまだ段築を持たなかったと思われる前方後方形の墳墓の周濠や墳丘裾部での壺形祭祀の時期、そして段築を持つホケノ山古墳や桜井茶臼山古墳の墳丘上主体部付近での壺形祭祀に至ると考えています。この祭祀形態は吉備の特殊器台形祭祀より早く奈良盆地に定着した別の祭祀形態

手焙り式土器も、大阪湾沿岸が発祥とされ、やはり八尾の小阪合遺跡で出土。3世紀前半です。銅鐸が消滅するころに出現。2世紀後半ー4世紀のはじめの150年間で消えます。

河内と近江に発生し、吉備の足守川流域の津寺・加茂遺跡や房総の高部32号墳(前方後方墳)に伝わりました。これは近江系とされています。

手焙り形土器は火を用いる祭器です。農耕祭祀や葬礼に使います。交通の要衝の名張に多く出ているのも不思議です。

人の移動とともに広がったようです。ホケノ山の二重口縁壷は、伊予型の壷と似ているという説があり海人族がもたらしたという説もあります
 
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