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松本清張氏「火の路」追記

 投稿者:K.A  投稿日:2017年11月23日(木)22時17分55秒
  大学を追放されたのは「海津信六」の名前で登場してます元教授ではなく元助手でした。失礼しました。
大学は、ご存知、悪の根源のT大だと思います。
軒丸瓦以外、もうひとつ実証したい方法は「真言宗」とゾロアスター教の接点です。
「火の路」によれば、中国仏教はインド僧よりも胡僧(西域僧)が多く、訳経もインドのサンスクリット語の原典からのものよりも、ソグド人の胡本にもとづいていたとのこと。(3世紀)
江上波夫氏も中国僧がインドに行ってサンスクリット語の原典から直接漢訳するのは5世紀以降であると主張されてます。
大乗仏教の確立時期は前者の時期で、韓半島に伝わるのも多分に西域の思想が混ざっていたのでは?大日教や華厳経などには多分に「太陽神」の考えが窺えます。
いよいよ、明日はイラン旅行記に入っていきます。
後ほど、ご報告します。
 
 

紀元前14-12世紀のエーゲ海のロゼッタ文

 投稿者:避雷針  投稿日:2017年11月23日(木)22時03分14秒
  K.A 様

ミホ美術館の「古代バクトリア遺宝展」をご覧ください。

http://www.miho.or.jp/exhibition/%E9%96%8B%E9%A4%A85%E5%91%A8%E5%B9%B4%E8%A8%98%E5%BF%B5%E5%B1%95-%E5%8D%97%E9%A4%A8%E3%80%8C%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E9%81%BA%E5%AE%9D%E3%80%8D/

その中にミケーネ文明の「ロゼッタ文ビーズと植物文ペンダント エーゲ海地域 紀元前14-紀元前12世紀」というのがあります。

http://www.miho.or.jp/booth/html/artcon/00002517.htm


 

避雷針さま

 投稿者:K.A.  投稿日:2017年11月23日(木)21時09分29秒
  早速のご教示有難うございます。
今、松本清張氏の「火の路」を読んでます。
将に、この小説に出てくる大学を追放された元教授と、自由な発想で行こうとする女の助手の会話のところですが、その話もペルシアから日本の斉明天皇の奇妙な石像を結びつけるという大学の先生が聞いたら激怒しそうな「突拍子もない」話です。
これはややもすれば「都市伝説」のようなマスコミ受けする話で慎重にことを運ばなければと思っています。
又、ご指摘のとおり、ペルシア側のデザインが「太陽」を表わすのか、ゾロアスターと直結するのか、安易な想像は避けるべきです。
ご教示の通り、しっかりと実証的に話を進めたいと思います。(丸瓦の流れなどの出土品の検証などの方法です)
 

花弁文様

 投稿者:避雷針  投稿日:2017年11月23日(木)20時07分12秒
  K.A様

rosette design, Achaemenidで検索すると色々な模様が出てきます。
日本では、ミホ美術館がアケメネス朝のロゼット文の銀容器をいくつか集めています。

アケメネス朝の建築や容器のロゼット文には、花弁が12、14、16、18などいくつかの種類があるようです。
伝統的にヨーロッパでは花弁文様と見なされているようで、必ずしも太陽を象徴したようには見えないものもあります。

まずは、起源がアケメネス朝であるのか、模様は何を表しているのか、というあたりの探求でしょうか。
 

八葉文と軒丸瓦

 投稿者:K.A  投稿日:2017年11月23日(木)17時05分13秒
  既に、ご報告しましたが、八葉蓮華文(ペルセポリスの八弁文と酷似:ペルシアでは太陽を表していたのでは?)の丸瓦は百済や新羅の寺から多く出土していますが、日本に於いては蘇我氏系のお寺(山田寺、飛鳥寺、河原寺など)の丸瓦に多く八葉文が出ています。
松本清張氏の「火の路」の解説(言語学者の伊藤義教氏による)を読んでましたら、当時のお寺の造営にあたっては百済の工人が参加していたのですが、その指導者はペルシア人であったのではと書かれています。
彼の言葉をそのまま書きますと「要は早く六、七世紀にイラン人はもちろんのこと、ゾロアスター教徒も大和に来ていて異国の香をただよわせていたということである」と断言しています。
又、伊藤氏は伎楽面やソグド語(子音文字でありながら母音を表す不思議な文字)の影響を「日本国見在書目録」(9世紀末成立)などにあると言っておられるのですが、当方くわしくないので省きます。
追記ですが、8世紀について、華厳宗の総本山の東大寺の瓦のデザインは「複弁八葉蓮華文」でより複雑化しており、下野薬師寺の瓦とよく似ています。
各地の国分寺はだいたい、八葉のバリエーションが多く、ところが遠く離れた下総の印旛、龍角寺のみ祖系(八葉)を示しているのが不思議です。
一説によれば下総龍角寺は蘇我氏系の寺で、後に粛清された蘇我氏のため破壊されたのではという考えもあるそうです。
本来、「下総国分寺」であるべき寺ですが、何故か、下総国分寺は市川(葛飾では?)にあります。

 

Re. 黒部川・五郎岳

 投稿者:みせん  投稿日:2017年11月23日(木)11時05分19秒
  そんべさん

(1) 黒部川
関東以西の地名で、相当する地名が北海道になければ、その関東以西の地名はアイヌ語地名であるはずがない、との見解ですね。間違っていないですか。

川ならば黒いところ・影になったところはいたる所にあります。黒部川とて例外ではありません。薄い黒、濃い黒、薄い影、濃い影もあります。
・黒部川で川名にするほどの黒い場所は何処にあるのでしょう。
・その場所を川名にした理由は何でしょう。
これらを明示しなければそんべ説の合理性・説得性はゼロです。

「くろべ」は弥生人が残したアイヌ語地名であると言いながら、アイヌ語の現状をそのまま適用しています。
何度も聞きますが、
・この弥生人は現在のアイヌ語と寸分違わない言葉(訛り方、アイヌ語法(構成法)、など)を話していた、ということでしょうか。
・また、弥生人とする根拠は何処にあるのでしょうか。

(2) 五郎岳
そんべさんほどではないですが、すこしは調べています。他を知り過ぎると新たな発想の妨げになる、との認識も持っています。

岩がゴロゴロしているから「ゴロウ、ゴウロ、ゴウラ」ですか。しゃれではないですが、それこそゴロ(語呂)合わせではないですか。
山に行けば岩の露出はいたる所にあります。そのゴロゴロ岩石を柳田国男や他の明治の人たちが説として唱えたところで語呂合わせの域を出ていません。
他に適切な語源を見い出せなかったため、苦し紛れに創った語源説だと思いませんか。きわめて貧相な発想です。

全国にある「ゴロウ、ゴウロ、ゴウラ」地名の多くは、縄文の人たちがそこに、あるいはその近くに「神」を見ていた名残です。
 

会員研究会

 投稿者:当世奇妙  投稿日:2017年11月23日(木)09時42分39秒
  サントバーボロさんへ
会員研究会出席できずすみません。
秋田県大館市で秋田県建築士会の大会があり、歴史まちづくり関係の
講演してました。
サントバーボロさんのパワーポイント成果近いうち見たいですね。
「考古学を科学する会」で中近東関連で何か科学的・技術的発表ありませんか?
 

見出しに仰天

 投稿者:万事一滴  投稿日:2017年11月22日(水)21時23分33秒
編集済
   日経夕刊2017.11.22.(所謂三面)

(大見出し)
 小学生 腰痛に悩む

(中見出し)
「脱ゆとり」は重荷?


(横見出し)
 教科書分厚く大型化 ランドセル、5キロに


 今だに、教育も右往左往!!

 かけがえのない貴重な発達期を、感性、知力の涵養とは間逆の、不毛な知識の詰め込みに回帰とは!!!

 
 

ピクポポデミさん

 投稿者:当世奇妙  投稿日:2017年11月22日(水)20時19分44秒
  本HPも今後とも宜しくお願いします。
討論室も宜しくお願いします。
 

大論争

 投稿者:ピクポポデミ  投稿日:2017年11月22日(水)17時39分14秒
  当世奇妙様、大論争懐かしいです。
あの頃は本当に楽しかったと思います。
皆様の投稿に大いに啓発されました。
Alexさんはその後yahoo掲示板に投稿されていたようで、その「そのはずだ」「そんなはずはない」等の論を一切認めず、ことごとく根拠を求める姿勢に影響を受けました。
私はまだまだですが。
 

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